NO.53 壊れた時計 2





しばらく川岸を3人で 散歩した。

昔同じ道を 師匠である光明三蔵と歩いた事を思い出す。

自分が覚えていないだけで こうして抱かれた事もあるのだろう・・・と、

腕の中の子供を愛しく感じた。

そんな場合ではないのだが、子供がどうしても三蔵から離れなかったためだ。

金山寺が見える所まで来て 三蔵は腕に抱いていた子供を降ろした。

「いい子で家に帰れ。」

三蔵に抱かれて散歩した事で満足したのか

「はい、とうさま。」と素直に返事が返った。

さらさらとした黒髪に手をやり 頭を撫でると嬉しそうに見上げた。

は身に着けていた腕輪をそのこの腕にはめてやり 頬に口付けをする。

「これ かあさまの大切な腕輪でしょ?」

「いい子ですから しばらく貸してあげます。失くさないように 持っていて下さい。」

女の子はと目があうとニコリと微笑んで 寺に向かって駆けて行く。

その後姿を見送って、と三蔵は元のところへと帰ってきた。





これと言って 何か策があるわけではない。

何か条件が揃わなければ 元には戻れない事は推察できる。

「三蔵、もし 私がこの事件をちゃんと記憶に留めていれば、

あの子に預けた腕輪を見て 何か知恵を授けてくれるかもしれません。

あれは三蔵から頂いた大切な品、肌身離さずに着けている事は 

あの子の口振りでもわかります。」

が三蔵に そう言ってまもなくの事だった。

「とうさま〜、かあさま〜。」と 呼びかけられた。

その声に2人して振り向くと 悟空と共にあの少女が2人の元へとやって来た。

「うわっ、三蔵若ぇ〜。

に言われた通りだ。」

そう言って笑った悟空は 自分たちがさっき別れて来た悟空よりも成長していた。

「西から帰って どの位だ?」

三蔵が悟空を見て 唐突に尋ねる。

「え〜っと、10年かな。」

視線を宙に向けて 指を折り数えて確かめると悟空は答えた。

「そうか それでどうすれば帰れる?」

既にこの地に来て数時間が経っている。

長居は無用だと三蔵は思っていた。





は 少女から腕輪を返してもらい 自分に腕にはめ直していた。

「かあさまが これをお返しするようにって、お使いが出来たご褒美に 

とうさまにかあさまとお揃いの腕輪を買って頂くの。

これはね、とうさまがかあさまに差し上げた物だから、私の腕には大きいの。」

そう言いながら 自慢げに話す未来の吾子に は微笑んだ。

「本当にいい子ですね。

貴女に会えて本当に嬉しかったです。」

可愛い頭をなででやると 笑顔が返ってきた。




「この先の橋からもう一度 川に飛び込めば 元に戻れるって、が言ってた。

時空のゆがみは すぐに消えてしまうから急いだ方がいいって・・・・。」

悟空は 横にいた少女をひょいと抱き上げて肩車をすると、

三蔵とを橋へと案内するべく歩き出した。

少女は悟空のそんな様子に慣れているのか 大人しく肩に乗っている。

三蔵はその様子に 未来の己の姿を想像して安堵を覚えていた。

西への旅は 果てしなく続くように思われるが、それでも 己とその一行は目的を遂げて

金山寺へと帰り着くことになるのだ。

愛しい女との平和な生活と こうして可愛いわが子まで得ているという事実。

悟空は相変わらず傍にいるようだ。

少女がここまで懐いている様子を見ると 一緒に暮らしているのだろう。

自分には縁がないと思っていた 家族のいる暮らし。

尋ねるまでもなく きっと幸せだろう自分に嫉妬を覚える。




物思いにふけりながら歩いていたせいか 悟空の言っていた橋まではすぐに着いた。

「三蔵、ここだよ。

と手を繋いで 一緒に飛び込んでくれよな。

ここへ来たときは 吊り橋の上を渡っている時だったから、

同じ条件でないと戻る位置に微妙にずれが出来るかもしれねぇって、

が言ってたからさ。

さあ、早く。」

時間を気にするように 悟空が三蔵との2人を急がせる。

三蔵は欄干をまたいで 橋の張り出しに足を置くと

が欄干を越えるのを 手伝ってやった。

飛び込む前に2人は同時に後ろを振り返り 悟空と可愛い顔で微笑む少女を見た。

「2人ともありがとう。

会えて嬉しかった。」

が泣き出しそうな声で 別れを告げた。

「かあさま お元気でね。

わたし、とうさまとかあさまが 大好き。

悟空も大好きだよ、仲良しだもんね〜。」

幼い娘はそう言って ニコニコしている。

悟空がその隣で これまた嬉しそうに笑っている。

「行くぞ。」

三蔵はの手を取り促すと、眼下の水面に向けて重力に逆らうことなく落下した。




ドボーン!

大人2人の飛込みを受けて 水面は激しく乱され音を上げた。

上がった水柱が収まり 川は元の流れを取り戻す。

それでも 飛び込んだ2人は浮かび上がってくることはなかった。

欄干から下を覗いていた悟空と少女は フゥ〜と安堵の息を吐く。

「とうさまとかあさま、元に戻れたの?」

少女の心配そうな問いに、「ん、大丈夫だって!チビは心配性だなぁ。」と

悟空はにっこり笑って答えた。

「悟空、『チビ』って呼ぶなっていつも言ってるでしょ?

そう呼んでいいのは とうさまだけなの!

やっぱり猿は 物覚えが悪いね。悟浄が言っていた通りだ。」

喧嘩敵の名前が挙がったことで 余裕のあった悟空のそれが一気になくなる。

「チビこそ『猿』って言うなと あれほど言ってるじぇねぇかよ!

チビを『チビ』と呼んで悪いのか?

三蔵だけなんて ずりぃぞ。俺にも呼ばせろ。」

相手が変わっても相変わらずの喧嘩に 

後方から来た2人は顔を見合わせて失笑した。




「ちぃ姫 悟空、喧嘩はよくないといつも言っているでしょう。

2人とももうすぐ夕ご飯ですから 帰りなさい。」

お腹が空いていた2人には何よりの言葉に すぐに笑顔にもどる。

母の仲裁でその場が納まると、少女は父親の元に駆け寄って両手を差し出した。

いつものように抱き上げてやると 嬉しそうな笑顔を向けてくる。

「とうさま、いつものやって。」

可愛いおねだりに小さな額の赤い印に口付けてやる。

お返しとばかりに 小さい手で金の前髪を掻き分け 

同じ印に柔らかなそれを押し付けて来た。

「こっちが本物のとうさまだ。

さっきのとうさまは 抱っこはして下さったけれど、

『いつものやって』ってお願いしたら、黙って怒ってたもん。

とうさまと私の仲良しの証拠だもんね。」

首に回した手に力を入れて一瞬抱きつくと すぐに降ろしてくれる様に促す。

地面に足が着いた途端、悟空の元へと走って行き 

ご飯のために帰ろうと催促している。

仲良さそうな2人に戻って家路に着いた。





それを見送った2人は 欄干から水面を確認するように見下ろした。

「無事に帰ったみたいですね。

ちぃ姫が あの時見た少女の外見になって来たので 

もうすぐだとは思っていましたが、まさか今日だとは思いませんでした。」

横に立つ法衣を纏った最高僧に 話しかける。

「無事に違いねぇよ、今こうして 俺たちがここにいるんだからな。

あの時、俺は今の自分に 怒りさえ覚えていた。

自分は苦しい旅の途中だというのに・・・・とな。」

のどの奥でククッと笑う。

柔らかに微笑んでいる隣に立つ愛しい女を抱き寄せると、

その存在を確かめるように腕に力を込めた。

「今頃 お預けされて怒ってますよ。」

胸元からそう言われて 可愛いほっぺを膨らませる

愛しい吾子の顔を思い浮かべる。

「しょうがねぇ、帰ってやるか。

この続きは今夜。」

掠めるような口付けを1つ約束のように落とすと、水面に消えた2人のように

手を取り合って帰路に着いた。





己の願う未来の自分はここにいる。


何も焦る必要はない。


何も恐れる必要もない。


今のお前のままで・・・そのまま歩いて来い。





あの苦しい旅があったからこそ 今ここにいられるのだ。

夢中で過ごした日々に どれだけの価値があったのか 今ならわかる。

過去の自分を思い出して 今頃は不機嫌にして周りに迷惑をかけているだろうと、

わずかに口角を上げて笑んだ。






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11万番キリリク 玲菜様で「10年後の世界にタイムトリップした2人が
自分達の子供と出会う」というお話でした。
玲菜様には今回2度目のキリ番です、
ご申告とリクエストをありがとうございました。
玲菜様に限り お持ち帰り可とさせて頂きます